機微・機宣・機関・・

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機微・機宣・機関・・


『機微を見つめる 』という本を読みました。

昨夜、この本の著者である山田真理子さんの講演に行って来たんです。

仏教で、人間とは「機」という言葉で表されたりするそうです。

そして、

『機微なる存在』
『機宣なる存在』
『機関なる存在』

であるというのが仏教での一つの人間観だそうです。

これ、全部意味わかります?
私、サ~ッパリわかりませんでしたー(^^ゞ

『機微なる存在』の機微。

機微の『微』、というのは、ただ量が少ないという意味ではなくって、ちょっとしか見えないけど、少ししか出していないけど、

その下には、大きく深いものがある、という意味だそうです。

少ししか見えてないけど、私達の心には、とてもドロドロした欲望があったり、すごく美しい心があったり、とにかく、見えない、意識できないものがイッパイ詰まっている。

意識でとらえられているのは、実はその中のほんの一部だけだと。。

でもそのわずかな部分だけでも、それを入り口として自分の心の奥を見つめることができる、と。

少ししか意識されないけど、
確かに心のうごめきに連動している『微』の存在こそが、その人を動かしているそうです。

自分の意識や行動を根っこの部分で動かしているエネルギーの塊を心に抱えた存在が

『機微なる存在としての人間』であり、それはわずかにしかとらえられないが、常に表現されることを求めているような存在、

それが人間なのだ、ということです。

二つ目の『機宣なる存在』
『きざ』と読むそうです。

これは、よくセミナーなどを聞いている時に、
『うん、そうそう!』なんて頷くことありますよね?

あれが、機宣の『宣』だそうです。
セミナーをする側の人も、誰も頷かないと話づらいですよね。

機宣なる存在である人間とは、

そうだ!と思うと自然に頷き、また、頷けるものを求める存在だということです。

さらに、頷いて聞いている自分のあり方に気づくということであり、
そんな出会いを求める心の発見でもあると。。。

心の通じあえる人や、心を分かってくれる人を求め続ける存在であるということだそうです。

最後の、『機関なる存在』。
機関は『動く』ということだそうです。

そして、人と関わる、関わろうとすること。

先の、『そうだ!』と思い頷き、そして行動に移すのが人間本来のあり方なのだそうです。

『感動とは感じて動くと書く』の相田みつをさんの言葉もありました。

いま、頷くことまではしても、動くことまでいかない人が多くなっているとの事。。。

人間とは、自分の心の中に、言葉や行動で表現しきれないものを持っている。
そしてそれを他者と共感し合い、共感したら、態度で示し、行動で表す。

これが本来の人間のあり方。

だとしたら、現代人の私たちは、本当に自分の心の中を見つめようとしているのだろうか?と。。。
すごーく考えさせられたんですよね。

うなづきはしたものの、いろんな理由をつけて自分の行動にストップをかける。

面倒だとか、ナンだとか、、、
人って、じっくり考えるとたいていは『やめておく』という方に結論付けてしまう傾向にあるそうです。

失敗を恐れることは、大切なことなのかもしれませんが、失敗がなければ、それで良いというワケではないですよね。

自分にしか生きられない人生を、自分らしく生きようと思ったら、

人間本来の姿である、

『機微』を見つめ、
『機宣』を求め、
『機関なる存在』として

生きることが大切だと書かれてありました。

開運方位を使う時にも、必要なことだなと思います。運を自分で創るというのは、機微も機宣も機関もなくてはならないことですね。。

方位を選ぶことは、自分の『機微を見つめる』ことができるように思います。

単に○○が欲しい、だけじゃダメってことですね。

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